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ヴラディミル・ミハイロヴィチ・サンギ採録資料

■録音資料について

サンギ氏近影 サンギ氏近影
ここに公開している資料は、著名なニヴフ人作家ヴラディミル・ミハイロヴィチ・サンギ氏(1935年生まれ。ロシア連邦サハリン州チャイヴォ出身)の採録によるものです。彼はすぐれた詩人、小説家であるとともに、プーシキンの作品をニヴフ語に翻訳したことでも知られています。そして彼のもうひとつのライフワークが、自らの出身民族であるニヴフ民族の口承文学資料の採録です。彼は自らの記憶にある伝承だけでなく、多くの古老から筆録により口承伝承を書き取ってきました。それらは彼の創作にインスピレーションを与え、あるいは再話されて文学作品として発表されています。また、筆記によるだけでなく1960年代よりオープンリール式録音機を購入して故郷サハリン島の口承文学の録音を開始しました。残念なことにそれら貴重な録音資料はこれまで発表の場がなく、彼の故郷サハリン島や、モスクワに眠ったままでした。公的な支援が得られなかったため、保存状況は劣悪でした。1989年に始まるロシア国内の改革とソビエト体制の崩壊以後、ニヴフ口承文学資料の録音が各地で開始されますが、それ以前の資料は数えるほどしか存在しません。彼は故郷サハリン島におけるニヴフ民族の地位向上活動を続けながらも、自らの録音資料の経年劣化を心配していました。 2003年に東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所は彼とともに共同研究を行い、その資料のデジタル化と保存の可能性を探ることにしました。そして同年3月に彼は日本学術振興会による外国人招聘研究者として来日、共同作業がはじまりました。その際彼が持参した資料が最新の技術によりデジタル化されることになりました。一方、彼はアジア・アフリカ言語文化研究所において、録音資料の研究とテキスト化を開始しました。彼の主な関心は録音資料に含まれた叙事詩ですが、2ヶ月の滞在で分析はいちおう終了し研究は大きく前進しました。現在彼は作家としてロシア語訳原稿の仕上げにかかっており、出版を計画しています。

■録音資料の整理・分析について

当研究所は本資料のデジタルデータの複製を収蔵しており、整理と研究を継続しています。サンギ氏が叙事詩の研究とテキスト化に専念しているため、日本側の研究者は昔話資料の整理を担当することになりました。したがって、テキスト化および翻訳はサンギ氏の手によるものではありません。叙事詩に比べれば昔話資料は日常会話に近いものですが、ニヴフ語は社会変動とともに大きく変化してきました。そのため、70年代に存命だった古老と現在の話者とでは語彙・文法ともに差異が見られます。本資料はわずか三十数年前のものですが、すでに理解できない部分が諸所にあります。それは必ずしも音質によるものではありません。そのため、2004年、2005年の二回にかけて専門の研究者がサハリン島現地に赴き、話者の協力を得て分析を行いました。現地では長年ニヴフ語教育にたずさわってきた学校関係者の方々(もちろん本人たちも話者です)から多大なる協力を得ました。何よりもまず、ドリンスク在住のガリーナ・パクリナさんに謝意を表します。さらに高齢者を中心として実際の伝承者を探しました。残念なことに現在では叙事詩はすでに伝承されておらず、昔話の多くが忘れ去られてしまっています。それでも幼少時にそれらを耳にしたことがある高齢者は、録音に耳を傾けて懸命に記憶をたどってくださいました。彼らは現在の日常会話では用いられない多くの表現を思い出して教えてくれました。ナジェージダ・タンジナさんを始め、貴重な時間を割いて下さったみなさんに謝意を表します。こうして、複数の方言にまたがる録音資料のうち、ノグリキ市を中心とする地域の録音約1時間分はテキスト化がほぼ終了しました。それらの多くがフトククさん、ヴァグズクさんという2人の語り手によるものです。なお時間数にしておよそ2倍の量の叙事詩資料が残されており、採録者のサンギ氏により研究が継続されています。

■語り手について

エカチェリーナ・フトクク氏(1908年生まれ、女性)氏は東海岸ノグリキ市の南方にあるルン湾周辺の出身ですが、長くトゥミ川中流のチルウンヴド周辺で過ごしました。氏の言葉は現在のノグリキ市の話者の言葉とは若干の差異がありますが、それが出身地によるものか(つまり方言差なのか)、それとも年代(現在の話者とは30年の差がある)の差、あるいは文体の差(昔話には一部に独特の語彙が用いられる)なのか、必ずしも明確ではありません。

■テキストの表記について

公開中のテキストのキリル文字表記は基本的にサハリン方言旧正書法に準拠しています。これはノグリキ市を中心とする方言に基づいており、そのため録音資料とつきあわせると若干の差が存在します。また、現在の話者と録音の語形が異なる場合、分析チームのメンバーによって聞き取りの解釈が分かれた場合もあり、それらに関しては現在のところは現地での分析時の暫定的な合意に従っています。最終的にはそれらを細述したテキストを公開する予定です。

ヴラディミル・ミハイロヴィチ・サンギ氏略歴

1935年生まれ。現在のロシア連邦サハリン州ノグリキ市チャイヴォ出身(サハリン島北部西海岸)。レニングラード(現サンクト・ペテルスブルグ)A・I・ゲルツェン名称教育大学北方諸民族予科入学・同大学地理学部卒業。ソ連科学アカデミー世界文学研究所大学院修了。1961年より作家活動。北ロシア・シベリア極東原住民少数民族協議会議長(1987〜1991)。サハリン州知事原住少数民族担当参議官(2002〜)。主な著書Нивхские легенды, Южно-Сахалинск, 1961Песнь о нивхах-эпическая поэма в мифах,сказаниях, исторических и робовыхпреданиях, Москва, 1983Нивхский Язык, Ленинград, 1989Собрание сочинений- Трилогия,Южно-Сахалинск, 2000-2002